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なごみ庵HP 移転のお知らせ

2020年4月6日
倶生山 慈陽院 なごみ庵のHPは下記に移転しました。

新URLの登録などなさっていただければ幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

新HP  https://753an.net
新ブログ http://blog.753an.net
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HP移転しました [布教所日記]

2020年4月6日より、なごみ庵のHPとブログは下記に移転し、当ページの更新は停止いたします。


新URLの登録などなさっていただければ幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


新HP  https://753an.net
新ブログ http://blog.753an.net

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2020年4月号 [和庵だより]

◇ 情報の波 ◇

新型コロナウイルスの騒動が続き、なごみ庵の行事も中止などの対応をしている中、3月の真宗教団連合のカレンダーの言葉にハッとさせられました。
「本当のものがわからないと、本当でないものを本当にする」
明治生まれで昭和期に活躍した真宗大谷派の僧侶、安田理深さんの言葉です。

現在、世間では様々なデマや憶測が流れ、トイレットペーパーやマスクが買い占められたり、こうした行動が良い・悪いなどと、多種雑多な情報が飛び交っています。
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一説には、現代の私たちが得る情報量は江戸時代の庶民の1年分とか一生分などと言います。正確な比較は困難でしょうが、人の移動が少なく情報メディアも無い時代と今とを比べれば、私たちが得る情報量に雲泥の差があるのは確かでしょう。

しかし私たち人間の情報処理能力は、テクノロジーの発達ほどには上がっていません。ですので、どれが真実でどれがデマなのか、どれが有益でどれが無益な情報なのか、押し寄せる情報の波に翻弄されてしまいます。

そんな矢先にカレンダーの言葉が目に飛び込み、「ああ、その通りだ」と感じました。ひとつの情報の正否を判断する間もないまま、次々と新しい情報が飛び込んできます。その中には私たちを不安にさせるものも少なくありません。接する情報を制限するのも大切だと感じます。

コロナウイルスの状況は一朝一夕では収まらず、まだしばらく続きそうな気配です。不安を煽るような情報に突き動かされそうになった時には、一瞬間を置いて深呼吸をし、今月の言葉を思い出してください。私たち一人ひとりが少しずつ落ち着きを取り戻し、一日でも早くこの事態が収束するよう、心から願わずにはいられません。


◎ お 知 ら せ ◎

◎3月の行事について
・3月20日(金祝)10時半/15時の写経会
・3月22日(日)13時の春彼岸法要
・3月27日(金)10時半の笑いヨガ

※下記の対策をした上で開催いたします。
・行事の前後に施設内の消毒や換気を行い、行事中は加湿器を使用します。
・手指アルコール消毒の準備をしていますので、来庵時にご使用をお願いします。
・来庵時の移動や行事中は、マスクの着用をお願いします。
・行事後の茶話会は中止といたします。
・体調不良や持病のある方は、参加をお控えください。
・公共交通機関の使用に不安のある方は、ご無理なさらないようお願いします。

◎金子みすゞ ひとり舞台 4月5日(日) ※中止になりました

◎3月14日、京浜急行の仲木戸駅が「京急東神奈川駅」に駅名変更いたしました

◦なごみ庵 オリジナルお経本&お経CD 各500円 郵送の場合は別途送料200円です
◦神之木地区センター写経会 4月7日(火)・21日(火) 18時30分
◦死の体験旅行 豊島区 金剛院:4月15日(水)・5月11日(月) 19時
        神奈川大学 生涯学習:4月23日(木) 18時30分
◦自死遺族の集い 3月中止・4月23日(木) 10時30分 築地本願寺

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無参拝者法要!? [その他色々]

新型コロナウイルスの影響で、大相撲やプロ野球は無観客試合で感染拡大を防ぐとのこと。

お寺の法要も年配の方が多く集まるだけに、規模の縮小や会食の中止、法事そのものの延期などそれぞれに対応しています。

通夜葬儀だけは延期というわけにいきませんが、ここ数年は家族や親族のみでお見送りをする形式が増えており、今回のウイルスに対しては拡散防止にひと役かっている形になっています。


そんな中、なごみ庵で珍しい形式の法要がありました。

そもそもは私が掲載された新聞をご覧になってご縁が生まれた、福島県在住の女性Yさん。
昨年末、先々ご自身の後は守る人がいなくなる、生家の家族や先祖の供養について相談を受けたのです。

お骨そのものは別の場所に埋葬済みなので、お寺の過去帳にお名前を書き入れて永代供養をしていきましょう、ということになりました。
(ちなみに浄土真宗では「供養」ではなく「恭敬(くぎょう)」という言葉を用いることが多いですが、元の意味は同じなので「供養」と表現しています)
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さて、Yさんの念願であった法要ですが、3月の頭に決まりました。
しかし直前になってコロナウイルス騒動です。
長距離の移動は感染リスクが高まりますし、しかし色々思いがあって決めた日程なので延期したくはない。

Yさんからおそるおそるという感じで、「お位牌などを宅急便で送るのでお参りをしていただけないだろうか」と連絡がありました。
今までの相談で事情は充分わかっていますし、遠方から無理をして来て何かあってもいけません。

そんな事情があって記事タイトルの「無参拝者法要!?」となりました。
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実際にはご自宅で、法要の時間に手を合わせていただきましたので、正確には「無参拝」ではなく「遠方参拝」だったのかもしれません。

いずれにしても当庵にとって、他所へ埋葬されている方の永代供養も初めて、直接の参拝無しでの法要も初めてという、珍しい形になりました。


同じように後を守る人がいない仏さまをどうしようか悩んでいる方、また遠方だったり体調の面で法事が難しい方もいらっしゃるかと思います。

相談していただければ色々と対応もできますので、お困りごとがある方はどうぞご連絡ください。

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2020年3月の行事について  [その他色々]

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、なごみ庵の行事は以下のような対応とさせていただきます。

【中止】
・3月6日(第1金):イキイキ長いきの会 14時
・3月13日(第2金):法話会 13時・19時

【未定】…3月15日に判断し、早めの寺報・HP・Facebookページにてお知らせいたします。
・3月20日(第3金):写経会 10時半・15時
・3月22日(日):春彼岸法要 13時
・3月27日(第4金):笑いヨガ 10時半

4月以降の予定については、随時判断しお知らせをさせていただきます。
行事ご参加希望の方は、事前にHPやFacebookページをご覧いただいたり、お電話やメールで当庵までお問い合わせください。

HP https://753an.blog.ss-blog.jp
FB www.facebook.com/753an
電話 045-491-3909
メール bouzu@sd5.so-net.ne.jp

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2020年3月号 [和庵だより]

◇ 40ヶ月分のおやつ ◇

なごみ庵では2016年6月から「おてらおやつクラブ」という社会活動に参加しています。奈良県の浄土宗のお寺で始まったもので、お寺にお供えとして上がるお菓子や果物を、何か問題を抱えていたり困っていたりする家庭(母子家庭が多いそうです)や、あるいは児童支援団体などにおすそ分けをしています。

単なる食料支援というだけではなく、お菓子を手渡しする顔の見える関係性を作り、本当に困った時に声をかけてもらいやすくするという目的もあります。2018年にはグッドデザイン賞、しかもNPO法人として初&商品でなく活動として初の大賞を受賞し、注目を集めています。

なごみ庵も2016年にこの活動に参加することを決めましたが、関西から始まったものですので当時は関東に被支援希望者や団体があまりありませんでした。他の地域への支援でも良かったのですが、できれば地元の方へ直接お菓子を渡したいと思い、まずは神奈川区役所へ相談に。

そこから社会福祉協議会を紹介され、その施設で活動をしていた学習支援団体にお菓子をお渡しすることになりました。その後しばらくして、外国に繋がりのある子どもの学習支援団体にもお菓子をお渡しすることになり、現在2団体と繋がりをもっています。

お供えとして上がったお菓子や、あるいは募金箱から費用を賄い、月に1度持参しています。ささやかな活動ですが3年半ほど経った昨年秋、社会福祉協議会から「表彰式のご案内」という手紙が届きました。社会福祉のために活動する個人や団体を、年に一度表彰しているのだそうです。
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そのために活動していたわけではないのですが、そうして評価していただけることを嬉しく思いました。
表彰式の当日。他にも多くの個人や団体が表彰されていて、普段は見えないけれど社会にはまだまだ暖かい気持ちが満ち満ちているのだな、そう感じました。


◎ お 知 ら せ ◎

※新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、急きょ行事を中止する場合があります。その時はFBやHPにお知らせを出しますので、どうぞお出かけ前にご確認ください。

◎春のお彼岸法要 3月22日(日)13時
先月お知らせの通り、お彼岸の法要をお勤めいたします。法要のあと、坊守による絵本『きみはほんとうにステキだね』の朗読と法話をいたします。お子さん、お孫さんなどもぜひ一緒にご参加ください。
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◎金子みすゞ ひとり舞台 4月5日(日) 戸塚区 妙法寺にて
坊守が演じる「金子みすゞ いのちへのまなざし」を戸塚区の日蓮宗 妙法寺さまにて公演させていただくことになりました。15時から法要、16時からお芝居の上演です。
どちらかでのご参加でも両方のご参加でも大丈夫ですので、ぜひ足をお運びください!
…ですが現在コロナウイルスが世間を賑わせており、今後の状況によっては急きょ中止の可能性もあります。ですので参加ご希望の方は当庵までご連絡ください。予定変更の場合はお知らせいたします。
妙法寺:横浜市戸塚区名瀬町772−4

◎写経会 午後の部(15時) 2月より新設!
3月は20日、春分の日にあたりますので、平日は都合がつきにくい方もご参加いただけます。午前は満席状態が続いていますので、ぜひ15時からの午後の部においでください。
用紙・筆ペンはこちらで準備してありますので、手ぶらでご参加可能です。

◎3月14日より仲木戸駅が「京急東神奈川駅」に駅名変更いたします。

◦なごみ庵 オリジナルお経本&お経CD 各500円 郵送の場合は別途送料200円です
◦神之木地区センター写経会 3月3日(火)・17日(火) 18時30分
◦死の体験旅行 豊島区 金剛院:3月18日(水)・4月15日(水) 19時
        神奈川大学 生涯学習:3月12日(満席)・4月23日(木) 18時30分
◦自死遺族の集い 2月27日(木)・3月26日(木) 10時30分 築地本願寺にて

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亡き人との対話 [その他色々]

お手伝いをしているお寺の、とあるご法事。
お施主さんは年配のご婦人で、30年ほど前に壮年で亡くなったご主人と、20年ほど前に亡くなった義父の法要でした。

参列者は施主と同世代と子世代、あと小さいお子さんたちは孫世代でしょう。けっこうな大人数で、またお子さんが多いので、賑やかな雰囲気の法要になりました。
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読経をする中で、勝手な想像がふくらみました。
ご主人が亡くなった時、お子さんたちはまだ学生だったでしょう。
悲しみにひたる間もないほど大変な日々を送られたのではないか、またそんな中で義父も看取られたのではないか…(お経を読みながら余計なことを考えているのがバレますが (^_^;)  )。

お経を終えてご法話をしていると、お施主さんのホッとしたような、晴れやかな表情が目に入りました。
そこでふと、カウンセリングで用いられる「エンプティ・チェア」を思い出し、お施主さんに「亡きご主人に何か言えるとしたら、なんてお伝えしたいですか?」と尋ねました。

お施主さんは一瞬不意をつかれたような表情をしましたが、すぐに穏やかな笑顔になり、「見守ってくれたおかげで、なんとかここまでやってこられました」と応えてくれました。

さらに「亡きご主人は、どんな言葉を返してくれると思いますか?」と尋ねると、いっそう晴れやかな、それでいて少しはにかんだような表情で「まあ…よくやったなと言ってくれると思います」とお応えくださいました。


私は、「そうですね、私もご主人やお義父さん、仏さまになった方たちは『よく頑張ってくれた、苦労をかけて申しわけなかった、有り難う』と言ってくださると思います」と応えました。
ご婦人は晴れやかな笑顔のまま、目の端にわずかに光るものがありました。


感応道交(かんのうどうこう)という言葉があります。
仏さまと人との気持ちが通じ合う、という意味です。

普段は忙しく過ごし、なかなか亡き人のことをゆっくりと想う時間は取れないかもしれません。けれどご法事の場ではお身内が一緒に手を合わせ、亡き方を偲びます。

そして私のとっさの思いつきではありましたが、亡き方にどんな言葉を伝えたいですか? それに対し亡き方はどう応えてくれるでしょうか? と問いかけることで、参列者皆さんがそれぞれに深く亡き方を想ったことでしょう。

亡き方との対話を考えることで、亡き方と確かに心の通じ合う感応道交の時間を持てたのではないか。
そう感じるご法事になりました。

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2020年2月の法語 [月々の法語]

生のみが我らにあらず 死もまた我らなり

It isn’t life alone that makes up what we are. Death also is part of us.
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今年の法語カレンダーは、僧侶であるなしに限らず広く念仏者の言葉が引かれています。

2月は明治期に活躍した真宗大谷派の僧侶、清沢満之師の言葉です。



現在TBSで『病室で念仏を唱えないでください』という連続ドラマが放送されています。マンガが原作で、真言宗の僧侶で救急救命医の主人公が活躍する物語です。

 

私も何回か医療関係者に「病院に坊さんが法衣姿で来たらどう思いますか?」と聞いたことがありますが、だいたい皆さん「ギョッとする」なんておっしゃいます。おそらく病院と僧侶は生と死、真逆のものであって、病院に坊さんなど来てもらっては「縁起が悪い」というイメージなのだと思います。

 

ちょっと脱線しますが、ドラマは真言宗の僧侶が主人公なので、本来は「病室で真言をとなえないでください」とするべきなのでしょうが、一般の人に分かりやすくするために「念仏」としたのでしょうね。

 

もうひとつ、特に浄土真宗の場合、お念仏を口にすることを「称名」と呼びますので、ドラマのタイトルとは違い、念仏は「称える」の文字を用います。

ちなみに日蓮宗のお題目は「唱題行」と呼び「唱える」の方を用いるそうです。

 

 

さて、今月の言葉は、死にまつわる格言の中で、私が最もよく人に伝えているもののひとつです。ワークショップ「死の体験旅行」を毎月1回から多い時で5~6回ほど開催していますが、その時に古今東西の様々な死に関する格言を紹介しています。

 

その中でも最も登場回数が多いのが、この清沢満之師の言葉と、親鸞聖人が詠んだとされる「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかわ」という詩歌です。

 

他にも…

「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」道元禅師

「先ずは臨終のことを習ろうて、後に他事を習ろうべし」日蓮聖人

「朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり」蓮如上人

「明日死ぬと思って生きなさい、永遠に生きると思って学びなさい」マハトマ・ガンジー

「人は、いつか必ず死が訪れるということを思い知らなければ、生きているということを実感することもできない」哲学者 ハイデッガー

「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは 本当に自分のやりたいことだろうか?」スティーブ・ジョブズ

…といった言葉を紹介しています。

 

 

さて、今月の言葉には続きがあります。

「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。我等は生死を並有するものなり」というものです。

 

私たちは普段、「生」が続くことを前提に暮らしています。しかし本当は、明日の朝に目が覚める保証などありません。今月の言葉通り、「死もまた我ら」であり「生死を並有」しているのです。

 

けれど私たちは「死」を頭の外に追いやり、来月の予定を入れたり、年末には来年の手帳やカレンダーを買ったりしているのです。もちろんそれが悪いというわけではなく、人間として当たり前の感性だと思います。

 

けれど、死に関する格言が古今東西にこれほどあるということは、死について考えるのは非常に大切なことだということです。いつもいつも考えていたら滅入ってしまうかもしれませんが、時に死を頭の中に入れて自分の人生を考えることは健全なことだと思いますし、自分の人生を誠実に歩むことに繋がると思っています。

 

 

冒頭で「病院に坊さんなど来てもらっては縁起が悪い」と言いましたが、縁起とは「因縁生起」という仏教用語が略されたものです。この因縁生起は、「原因があり、様々な縁が重なって、結果が生起してくる」という意味の言葉です。

 

ここに生死をあてはめると、生まれてきたことが因、年を取ったり病気になったりすることが縁、そして結果として死が生起します。よく死を「万が一」という表現をしますが、本当は「万が万」なのです。

 

皆さんも時には「死」について考える時間を持ってみてはいかがでしょうか。


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葬儀と宗教 [月々の法語]

ネットで「日本初! お坊さんのいないお葬式」という記事を見て、「いったい、どういうことだろう??」と不思議に思いました。
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別に否定的に感じたわけではなく、葬儀は仏式だけではなく神式やキリスト教式もあり、大規模宗教団体である創価学会は以前から友人葬という形式で僧侶は呼んでいません。

また近年、特に都市部では無宗教葬や直葬が増え、僧侶のいないお葬式が珍しいわけでも新しいわけでもありませんので、記事のタイトルを不思議に感じたのです。


疑問を抱いたまま記事を読んでみると、どうやら葬儀社が明確に無宗教葬をサービスとして提供する、ということのようです。

おそらく今までは、葬儀社が自ら無宗教葬を推し出すことはなく、喪主が望めばそのように進めるという流れだったでしょうから、ひとまず納得しました。

前述の通り、今までも実質的に「お坊さんのいないお葬式」は少なくなかったわけですし、葬儀社から「こういう選択肢があるんですよ」と提示されれば、特に菩提寺などの無い方は選択しやすくなるでしょう。

ですので、こうしたサービスが生まれたことで、今までも一定数あった無宗教葬が増えていくだろうなと感じました。


しかし3つの気になる点があります。

1つ目は、辞書で「葬式」と引くと「死者をほうむる儀式、葬儀」と出てきます。また「儀式」を引くと「一定の作法・形式にのっとって行われる行事。慶弔に際して行われる行事や組織体が行う行事など」とあり、宗教と限定されてはいませんが、何らかの作法・形式に則るものとされています。

ですので、宗教であったり地域に残っている何らかの作法を用いなければ、それは「葬式」と呼べるのだろうか? という疑念です。

別に昔通りにやらなくてはならない、ということではなく、大切な身内が亡くなるという重大事をいかに受け止めるか。その方法として国や地域や民族それぞれの方法で受け継がれ蓄積された智恵がありますので、それを省いてしまって大丈夫なのだろうか? と思います。

実際に、最近の直葬増加の影響もあってか、多くのお寺が「直葬をしたのですが気持ちの収まりがつかない、お経を上げて欲しい」という相談を受けた経験があります。

私にも経験がありますので、やはり人の心は一筋縄ではいかないのだな、と感じます。


2つ目は、「お坊さんのいないお葬式」の宣伝文句に「無宗教なのに、お葬式ではなぜお坊さんを呼ぶのだろう」と書かれていたことです。
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私の記事でも便宜上「無宗教葬」という言葉を使っていますが、実は日本人のほとんどは「無宗教」ではないのです。

「え? 私は特に何の宗教も信仰していませんよ!」という方は多いでしょうが、生まれた時からお宮参り・七五三・成人式・結婚式・葬儀など、神社やお寺・教会で儀式に参加したことが無い方はほとんどいらっしゃらないでしょう。

また、家に神棚や仏壇があったり、家族や親戚の法事への出席、初詣でやお盆の墓参り、クリスマスや大晦日の鐘つきなど、こちらも全く経験が無いという方はほとんどいらっしゃらないと思います。

これらの宗教的な事柄を徹底して避けるのが本来の「無宗教」ですから、様々な宗教と上手に付き合ってきた日本人は実は「無宗教」なのではなく…

非特定宗教信仰者

なのだと私は考えています。

また、動物と人間の違いはいくつか上げられますが、「死者を悼み弔う」ことも大きな違いのひとつとして上げられます。

そして、死者を悼み弔うことは宗教の大きな要素ですので、宣伝文句の「無宗教なのに、お葬式ではなぜお坊さんを呼ぶのだろう」には違和感を感じます。

本来は「無宗教なのに、なぜお葬式をするのだろう」となるのではないでしょうか。


最後に3つ目ですが、ちょっと驚いてしまいました。
会社のホームページに「供養」という項目があるのです。
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しかし「供養」はそもそも仏教用語ですので、お坊さんがいなくては供養になりません。

矛盾が大きすぎてコメントのしようがありませんが、会社の中でどのような話があったんだろうな、と想像してしまいました。


長々と書いてきましたが、葬儀にしても埋葬にしても、選択肢が増えることは基本的には良いことだと思います。
ただ、選択肢が増えたがゆえに迷う人も増えるのも確かです。

「いざ」という時では慌ててしまいます。
ぜひ「いざ」を待たずに、家族や周囲の人と話す機会を設けてみてください。

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2020年2月号 [和庵だより]

◇ 解き、ほぐれる ◇
(自死・自殺に向き合う僧侶の会 会報7号 住職による巻頭言)

秋を迎える頃、「自死・自殺に向き合う僧侶の会」の会合は緊張感を増していきます。宗派も住んでいる地域も異なる私たちは顔を合わせる機会が少なく、秋口から12月の追悼法要の準備を始めるからです。

1998年に3万人を超えた日本の自死者数は、さまざまな努力や施策がなされ、2012年には年間3万人を下回り、2018年は20,598人と減少が続いています。

一方、毎年12月1日に開催される「いのちの日 いのちの時間 東京」の参列者は、2007年の第1回から増減をしつつ、おととし初めて200名を超えました。年単位の自死者数は減っているとはいえ、「自死遺族」そのものは増え続けているのだと改めて思い知らされ、私たちの力の及ばなさを痛切に感じます。

私たちが抱く緊張感の要因のひとつは、200名に達する参列者おひとりおひとり、全員が喪主と言える立場にあることだと気付きました。たとえばご法事に20名の方が参列されていても、故人とそれほど近しくなかった親戚などもおられるでしょうから、喪主やそれに近い立場の方はほんの数名です。

それに対して追悼法要では、そこにいる全員が喪主の気持ちでその場にいらっしゃいます。深く大きな苦しみを抱き、また亡き方への追悼の念を胸に、手を合わせておられるのです。

ご遺族にとって亡くなった大切な人は数万分の1という数字ではなく、人生の大きな部分を占める人、あるいは人生の全てと言っても過言ではない人であったのです。だからこそ、参列者の背中や横顔を見て私たちは身の引き締まるような思いを覚え、微力ではあっても一所懸命に追悼法要をお勤めさせていただいております。そして、そこには法要を執り行う側と参列する側という垣根は無くなり、ご遺族も私たち僧侶も、そして亡き方も共に仏さまの慈悲のまなざしに見守られながら、そっと手を合わせているように感じられます。

日が傾きつつある師走の午後に始まった法要が茶話会を経て閉会し、参列者が会場を後にする頃にはすっかり日も暮れ、街には灯がともります。帰路に着く皆さまの背を見送りつつ、秋口から抱いていた私たちの緊張感も、白い息とともに微かに解きほぐれていきます。そして、皆さまの両肩にのしかかった計り知れぬ重荷もまた、ほんの1グラムでも軽くなり、苦しみや悲しみが少しでも解きほぐれていってほしい、そう心から願うのです。


◎ お 知 ら せ ◎

◎オリジナルお経本&お経CDの販売
なごみ庵オリジナルのお経本とお経CDが完成しました。
お経本には、ご自身の大切な方の名前が書き込める「私の過去帳」ページもあります。
CDは住職・坊守の男女混声のお経と、坊守による『歎異抄』朗読が収録されています。
それぞれ500円で、郵送ご希望の方は別途送料200円をお願いしております。

◎写経会 午後の部 新設! 2月21日(金)15時より
今まで第3金曜日の10時30分より開催していた写経会ですが、満席の状態が続いていました。しかし新規希望者も多いため、2月から15時の部を新たに増設することになりました。参加ご希望の方は、準備の都合上ご連絡ください。
用紙・筆ペンはこちらで準備してありますので、手ぶらでご参加可能です。

◎高座バトル☆ルーキーズ 2月29日(土)16時 恵比寿 寺子屋ブッダ 書坊
同じお題で落語家と僧侶がトークバトルする人気イベント。住職は今回で3回目の登場になります。お相手は若手人気落語家の桂宮治さん。お題はなんと「悪」!
お題の落語→お題の法話→トーク→自由な落語、と盛りだくさんで入場料は2500円です。

◎春のお彼岸法要 3月22日(日)13時
別紙の通り、法要のあと坊守による絵本の朗読と法話を予定しています。
お子さん、お孫さんもぜひお連れください。

◦神之木地区センター写経会 2月4日(火)・18日(火) 18時30分
◦死の体験旅行 2月19日(水)・3月18日(水) 19時 豊島区 金剛院
        3月12日(満席)・4月23日(木) 18時30分 神奈川大学 生涯学習
◦自死遺族の集い 1月23日(木)・2月27日(木) 10時30分 築地本願寺にて

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2020年1月の法語 [月々の法語]

人も草木も虫も 同じものは一つもない おなじでなくて みな光る
While people and plants and insects all differ, the Buddha’s inner light isines forth in all.
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今年の法語カレンダーは、僧侶に限らず広く念仏者の言葉が引かれています。
1月は仏教詩人として名高い榎本栄一さんの言葉です。

同じ種類の植物や昆虫、鳥や動物など、それぞれ見た目の個性はあって本人(?)たちが見ればお互い見分けはつくのでしょうが、人間から見ればなかなか区別はつきません。それどころか同じ人間でも肌の色が異なれば見分けがつきにくいものですし、オジサンになってくるとナントカKB48とかカントカ坂46とかのお嬢さんたちも見分けがつかなくなってきます。


とはいっても、どれほど似通って見える生きもの、たとえばアリの群れを見て個体識別できる人はいないでしょうが、それでもひとつひとつ異なる尊い「いのち」を生きているのは間違いのないことです。

今月のカレンダー、榎本栄一さんの言葉は、そうした「いのち」ひとつひとつがかけがえのないものであると書かれています。またその「いのち」が「みな光る」と書かれています。いのちが光るとはどういうことでしょうか。


浄土真宗でよくお勤めされるお経に「歎仏偈(たんぶつげ、宗派によって讃仏偈(さんぶつげ)とも呼ばれる)」というものがあります。大無量寿経という長い経典の一部ですが、冒頭に「光顔巍巍(こうげんぎぎ)」という言葉があります。

阿弥陀如来の前身である法蔵菩薩が、師の世自在王仏に向かってこの言葉を述べるのですが、意味としては「あなたさまのお顔は気高く光り輝いております」と誉め讃える内容です。ですのでお経のタイトルが「讃仏偈=世自在王仏を讃える偈」となっています。

歎仏偈は「歎く(なげく)」という文字なので意味合いが変わってきそうですが、歎くとという字は「感歎する」など、とても感心した場合にも用いられます。ですので「世自在王仏の光り輝く気高いお姿に感激して読まれた偈」という意味になります。

ちなみに「偈」とは、リズムや文字数が整っているお経を指します。
また、同じく大無量寿経で、教えを説くお釈迦さまの姿を見た弟子の阿難が「光顔巍巍」と表現しています。

話を戻すと、仏さまは気高く光り輝くお姿をしておられるわけです。それを表しているのが仏像の後ろにある光背(後光)です。仏さまによってさまざまな形をしていますが、これも仏さまが輝いていることを表現しています。

さらに西洋に目を向けると、天使の頭の上に輪っかが乗っている絵を見たことがあると思いますが、これはもともとキリスト教の宗教画でイエス・キリストや聖母マリア、聖人の頭の後ろに描かれた後光が形を変えたものと言われています。東洋でも西洋でも、仏教でもキリスト教でも、尊い方は光り輝いて見えたということでしょう。


さて、仏さまや神さまが輝いて見えるというのは感覚的にうなずけると思いますが、今月のカレンダーの言葉は人も草木も虫も「みな光る」と書かれています。これはどういうことでしょうか。

アカデミー賞を受賞した日本映画、『おくりびと』をご存知でしょうか。葬儀社で働く納棺師を描いた作品ですが、この映画の原案は青木新門さんの書かれた『納棺夫日記』です。これは非常に浄土真宗の要素が色濃い本なのですが、映画化の際に宗教性がすっかり消されてしまい、青木新門さんは「別物だから原作と書かないでほしい」といった経緯があります。

この本の中では何度も、いのちが光り輝いて見えるという描写が登場します。ご自身でも何度も経験されていますが、文中に若くして亡くなった医師の言葉が紹介されています。その医師はガンの転移の宣告を受け、背筋の凍るような思いをします。しかし帰り道、世界がとても明るく見えることに気がつきます。またそのあたりの人や植物や電柱まで光り輝いて見える。自宅に戻ると妻もまた、手を合わせたいほど尊く光り輝いて見えたのだそうです。

考えてみれば、私たちひとりひとりの「いのち」がここにあることは、奇跡以外の何ものでもありません。毎朝目が覚めるのも当たり前のことではありません。しかし普段はそれに気づけずに私たちは生きていますが、いざ生命の危機を迎えると「当たり前」が崩れ去って「いのち」の尊さを見通せる視線をいただけるのでしょう。

榎本栄一さんの言葉は、詩人の繊細な感性でもって「いのち」が尊く光り輝いている様子を表現したものなのでしょう。

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