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建長寺坐禅顛末記その7・最終章 [建長寺・坐禅記]

最終日の3日目、昨日と同じく5時半に起床し朝のお勤め、そして坐禅。

食堂に移動して粥座(朝ご飯)に。
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↑お粥・インゲンごま和え
 小皿はタクワン・梅干・黒豆・蒟蒻・きゃらぶき

食後は掃除。もうすぐ帰るので、東司(トイレ)も念入りに掃除します。


そして昨日分科会で話しあった「今日の葬儀を考える」を、班ごとに発表しました。
こういった勉強会、有り体に申しますと、参加する必要性のないものです。これに参加したからと言って、それぞれの宗派の中では何の足しにもなりません。それだけに参加者は、何らかの問題意識を抱えていたり、何かを学びたいという意識があったりという方たちばかりです。

それだけに、各班とも問題とした点や改善したい点、取り組みたい事などなど、ある程度似通っていました。今回学んだ事を、どれだけ実践できるかが参加者に問われます。


無事日程を終え、親しい池田さんと記念写真。
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↑ご飯お代わり自由だったので、ふたりとも痩せられませんでした…


そして、場所を建長寺そばの料理屋さん「鉢の木」に移動し、懇親会です。2日ぶりにいただく動物性タンパク質と般若湯(アルコール)が五臓六腑に染みわたります。
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もちろん全て残さず頂きます。建長寺で学んだ「無駄にしない精神」です。

今まであまり話せなかった参加者とも話が出来ました。普段まず出来ない経験をみっちりと体験でき、貴重な3日間でした!来年も参加できるかな!?

建長寺坐禅顛末記その6 [建長寺・坐禅記]

各先生からの講義の後は、新たに班分けをし「今日の葬儀を考える」と題した分科会を。

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↑分科会の様子

各地域・各宗派・各年代の僧侶や奥さまが集まるのですから、それぞれの話を聴くだけでも勉強になります。やっと意見を出し合った所で薬石(夕食)の時間に。

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↑2日目の薬石
 炊き込みご飯・わかめのみそ汁・漬け物
 厚揚げの煮物・揚げナスのみぞれ和え
 ひじき・青菜のごま和え

今日も7品、豪華です!しつこいようですが、実際の修行僧はこんなに品数は無いそうです。
食事の作法で、食器を丁寧に扱う、という事を以前に書きました。担当の和尚から説明をして頂いた言葉が耳に残ります。
「食べ物は「いのち」そのものです。ならば、食器は「いのち」の入れ物です。だから丁寧に扱うのです」

食後は休憩もそこそこに分科会の続きです。時間を気にしながら、なんとかかんとか纏めることが出来ました。明日は各班の発表会です!

建長寺坐禅顛末記その5 [建長寺・坐禅記]

朝の老師の講義に続き、2日目は講義が続きます。

まず建長寺教学部長 永井宗直師より、禅宗の基本となる考え方などをご講義いただきました。真宗では法話を大切にします。つまり仏法を言葉にするのですが、永井師の「真理は、言葉にすると真理でなくなる」というお言葉に深く考えさせられました。


その後昼食。
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お昼は、うどん・精進揚げ・れんこんきんぴら・ごま豆腐・お漬物です。

ちなみに中央の器はうどんのおつゆです。出されたものは全ていただく、という事を書きましたが、このおつゆについてもそれは当てはまります。残らず飲めるようにでしょうか、薄味に仕立てられています。そうそう、うどんはお代わりが出来ました♪

お昼の休憩中に庭を見ると…
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美しい庭園と風格のあるお堂です。


午後は、芥川賞作家の玄侑宗久師のご講義です。玄侑師は臨済宗妙心寺派の僧侶であり、講題は「禅的な生き方」。インドから中国へ渡った仏教が、どのような変化をしていったのか。さらに日本に渡った仏教が社会の中でどういった役割を担ったのか、などなどお話しいただきました。


次いで、『バカの壁』で有名な養老孟司氏のご講義。独特の視点を持つ養老氏のお話は、理解しながら聞き進めてゆく事が、私の頭では大変でした。ただ、人間が自分を認識する行為そのものが、仏教の説く無我と相対するものだ、というお話には何かヒントを頂いた気がします。

建長寺坐禅顛末記その4 [建長寺・坐禅記]

2日目。朝5時半に世話役の和尚が起床の鈴を鳴らしながら宿泊室を駆ける。ちなみに男性陣約50名は一つの大広間に枕を並べました。

朝のお勤めから朝の坐禅、この時初めて警策が行われました。警策とは、木の棒で肩をピシッと打つアレです。その後朝食タイムです。

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二日目の朝食
 おかゆ・水菜のおひたし・小皿(タクワン・煮豆・山菜・昆布)

相変わらずお粥はおかわり自由です。お粥と言えばヘルシーなイメージですが、私の普段の朝食は6枚切りのトースト1枚とカフェオレ。なので、かえって普段より量を食べている気がします。
ちなみに禅寺の朝食は粥座(かゆざ)と言います。

また、食事の作法で生飯(さば)というものがあります。食事前にご飯やお粥を数粒取り、それを生飯器(さばき)という木製のちりとりの様な物に移します。これは、食べたくても食べられない全ての生き物や衆生、餓鬼に対して施しを与えるという意味があるそうです。建長寺では、集めた生飯を池の鯉に与えているそうです。
現在はご飯おかわり自由なので、生飯を取るのは全く苦になりませんが、その昔は修行僧の人数が何人であっても一度に使うお米は5合と決まっていたそうです。修行僧が100名ほどになると、お粥と言ってもお湯に米が数粒浮いているような状況です。その中から米を与えるのですから、苦しみを伴うものだったでしょう。

朝食後は、食器の片付け係を除いた全員で宿泊室の掃除。
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お次は、臨済宗建長寺派管長(一番偉い人)、吉田正道老師のご講義を現在修行中の僧侶とともに拝聴します。

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通常の観光では入れないこの門を通ると、和尚の資格を得るために三年間の修行に勤しむ修行僧のエリアに入ります。

お堂に入り待つ事十数分、隣の坐禅堂から修行僧たちが足早にやってきました。そして老師が入堂し、全員でお経をお勤めします。実践布教研究会一同63名は、ほぼ僧籍を有しています。ですからこれまでのお勤めも皆声を出すことに慣れています。皆大きな声でお経を勤めるのですが、ここにさらに18名の修行僧が加わり、80名以上の大音声の読経が勤まりました。あまりの一体感に心が震えました!!!

老師の講義が始まると、修行僧たちがあっというまにコックリコックリと居眠りをし始めました。でも「たるんでいる!」なんて怒らないで下さい。この時期は摂心(せっしん)という特別な修行期間で、修行僧たちは1日約20時間も坐禅を組んでいるんです!!横になれる時間は2時間程度。これが5日〜1週間ほど続くんだそうです。そりゃ眠くなりますよね…。

建長寺坐禅顛末記その3 [建長寺・坐禅記]

境内の拝観も終わり、ついに晩ご飯です。建長寺では、夕食の事を薬石(やくせき)と呼びます。もともと初期の仏教僧は、1日2食、朝と昼だけで晩ご飯はありませんでした。建長寺でもその伝統を受け継いでいましたが、体の衰えと飢え、乾きをしのぐためのお薬として夕食をいただくようになりました。だから薬石と言うそうです。ちなみに食事も修行の一環なので、様々な作法を守って食事をします。

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↑1日目の晩ご飯
 白米・けんちん汁・漬け物・精進揚げ・水菜のおひたし
 ごま豆腐・がんもどきの煮物
 以上7品

担当の和尚によると、こんな豪華な食事はそうそう無いそうです。せいぜい5品、修行僧の食事は3品だそうです。

食事の作法は、まず食べるもののお皿を必ず持って口元に寄せて食べる事。それと、物音を立ててはいけない事。私語ももちろんダメですし、持った皿を置く時も音を立てないように置きます。そして、出されたものは決して残してはいけない、という事です。

量に関しては、ご飯とけんちん汁がおかわり自由だったので問題なしです。ダイエットできるかも、という淡い希望は露と消えました(笑)。

ちなみにけんちん汁は(諸説ありますが)建長寺が発祥だそうです。その昔、残り物の野菜を汁に仕立てていた修行僧が、そこに入れようとしていた豆腐を地面に落としてしまいました。それを見ていた初代住職が豆腐を拾い集め、汚れを落として汁に加えたそうです。出された食事を残さないという事もそうですが、ものを粗末にしない、無駄にしないという禅寺の精神が息づいています。そうそう、さすが本家のけんちん汁、とても美味しかったですよ。

食べ終わると、全員にほうじ茶の入った土瓶が回されます。ご飯の器にお茶を入れ、それを他の器に移し、ひと切れ残しておいたタクワンで皿を洗います。器を洗ったほうじ茶は、全て飲み干します。これで食事は終了。ちなみに食前食後に読経もあります。


夕食を食べてみて思ったんですが、本山で毎年1月に行われる報恩講(ほうおんこう)で出されるお非時(おひじ)が、初日に建長寺で食べた薬石と似ています。

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↑専修寺の料理 お非時

白米とみそ汁(名古屋文化圏なので、赤みそ仕立てです)、タクワン、煮豆、浅漬け、がんもどきの煮物。ね、似てますよね。要するに、昔の人のごちそう、というのはこういう物だったのでしょう。現代の私たちから見るとシンプルな食事です。肉も魚もありません。しかしその分、作り手の真心が込められ、手間ひまがかかっています。私は年に一度、本山でこの食事をいただくと、とてもホッとするんです。

その後はオリエンテーションと各参加者の自己紹介がありました。さて、明日は5時半起床です。早く寝ないと!

建長寺坐禅顛末記その2 [建長寺・坐禅記]

建長寺に到着した研究会一同60数名は、総門から三門を抜け、方丈・龍王殿という建物に。この建物が研修の主な舞台で、宿泊や食事、坐禅もこちらで行われます。開講式を行い記念撮影を終え、早速最初の坐禅です。

実際に私たちの坐禅や諸々のお世話をして下さるのは、二人の若い和尚(おしょう)さん。ちなみに臨済宗では、住職になる事が出来る資格を得た僧侶を「和尚」と呼ぶようです、たぶん。


坐禅堂に移動し、担当の和尚(直日(じきじつ))から一人ずつ座布団を渡されます。座布団と言っても普通のものと異なり、畳を一回り小さくしたようなサイズの小さめの敷き布団といった見た目で、単布団(たんぶとん)と呼びます。その長方形の単布団を、柏餅のように半分に折りますが、自分が向く方向を合わせた側にしておきます。また、合わせた側を畳の縁に合わせます。そして上半分をさらに半分折りにし、一段高くなった所にお尻を乗せ、低くなった所に足を乗せます。


<座り方>
正式には結跏趺坐(けっかふざ)という座り方をします。あぐらに似ていますが、実際にやってみるとずいぶん違います。片足を腿の付け根近くに乗せ、もう片足も逆の腿の上に乗せます。股関節と膝・足首の柔軟性が必要なようで、もともと体が柔らかい私は全然問題なかったのですが、他の方はこの形に足を組めない方も多かったです。
その場合は半跏趺坐(はんかふざ)という座り方がありますが、身体が硬い方はこの座り方も大変なようでした。

<姿勢>
片手を畳に付き、もう片手を腰に押し当て背すじと腰を延ばします。そのまま状態を起こし、自分の背骨から頭が建物の大黒柱になったつもりでまっすぐに延ばします。

<手>
左手四本指のひらの上に、右手四本指の甲側をあて、親指の先端を合わせます。その組んだ手をへその下の丹田(たんでん)に添えます。

<視線>
頭をまっすぐにしていますので、そのままでは真っ正面を見ています。その視線を約1メートル先に落とします。単布団を畳の縁に合わせていますので、向こう側の畳の縁が頭の位置から見てだいたい1メートル先になります。そこに視点を落とすと、半眼になります。はっきり目を開けると見えるものに惑わされる、しっかり目を閉じると妄想に悩まされる。要するに薄目を空けている状態です。

<頭の中と呼吸>
何も考えちゃいけないそうです。腹式呼吸で鼻から息をゆっくり吐き、ゆっくり吸う。この時「ひとーつ」「ふたーつ」と数え、10まで数えたらまた1から。これを数息観(すうそくかん)と言います。
簡単なようですが意外にコレが難しく「ひとーつ…ふたーつ…みーっつ……あ、鳥が鳴いてるな〜、晩ご飯何かな〜……あれ?どこまで数えたっけ?」という感じで、なかなか10まで数えられないんですよ。いかに私の集中力が無いかという証明です。

<その先>
姿勢が調い、呼吸が調ったら、臍下丹田に気を集中させ、坐禅三昧の境地に入る…そうです。私は数を数えるので精一杯でした(笑)。


…写真を撮れなかったので、言葉の説明ではわかりにくいですね、スミマセン。
参加者一同は臨済宗建長寺派での坐禅の時間単位、一炷(いっしゅ・お線香一本が燃え尽きるまでの時間で、約25分)を座り、その後境内の拝観に向かいました。

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↑本尊の地蔵菩薩像

先程通った三門(重文)、建長寺の本尊である地蔵菩薩が奉られた仏殿(重文)。
見事な龍の天井画と千手観音像、釋迦苦行像が印象的な法堂(はっとう・重文)。
国宝の梵鐘(写真撮り忘れた…)を観せていただきました。

日本最古の禅寺である建長寺。広い境内と豊かな緑、静けさと重厚な建築物。
機会がありましたら、皆さんもぜひお参り下さい!

建長寺坐禅顛末記その1 [建長寺・坐禅記]

2009年5月18日〜20日の3日間、鎌倉の臨済宗建長寺で坐禅修行をして参りました。その間ブログの更新、コメントのお返事が出来ず、全国のファンの皆様にはご心配をおかけしました(笑)。

仏教伝道協会、という宗派を越えた活動をしている仏教団体があります。ホテルに泊まると、よくキリスト教の聖書が置いてありますが、同じように仏教聖典が置いてあるのを見たことはありませんか?その本を発行している団体です。
その仏教伝道協会が主催している「第39回実践布教研究会」という行事で、毎年各宗派の本山などに様々な宗派の僧侶が集まり、研修をするという内容です。


遠方からの参加者も多いので、集合は新横浜駅。
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駅構内に集う約60名の坊主…。ちょっと異様な雰囲気です。係の方が、駅の警備員さんに話しかけられていました(笑)。


まずはバスに乗り、なごみ庵のそばにある孝道山。天台宗系の新宗教教団で、70年の歴史があるそうです。4月8日のお釈迦さまの誕生日、花まつりの行事を盛大に行っているのを知っていました。近くなので存在はわかっていたのですが、今回初めてお参りをさせて頂きました。


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↑まずは比叡山からお迎えした大黒天を奉った大黒堂。

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↑お釈迦さまのお骨を納めた仏舎利殿。

本堂もお参りをし、副統理(孝道山では最高責任者を統理(とうり)、それに次ぐ立場を副統理と呼ぶそうです)からの歓迎の言葉。その後お食事をいただきましたが、思いがけず肉類のおかずが多いものでした。デザートにあんみつまで付いて、何十年ぶりにあんみつを頂きました。


孝道山を後にして、いざ鎌倉。
お天気の良い中、うとうととしていると北鎌倉の建長寺に到着しました。いよいよ二泊三日の坐禅体験が始まるのです…(つづく)

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↑建長寺総門

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