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NHK 100分で名著 ブッダ 第4回(最終回) [その他色々]

第4回目のテーマは「世界は空(くう)なり」でした。
前回書いた通り、「空の思想」は非常に理解しにくく、また説明しにくい事で、番組も第1〜3回までの分かりやすい内容と一線を画しているように思いました。

今までの放送を簡単にまとめてみると…

・うらみから離れる事が大切(第2回)
・執着を捨てる事が大切(第3回)
 ↓
・しかしこういった事が難しいから、人生を苦と感じる(第1回)
 ↓
・その対処法として空の思想があり、そのためのトレーニング(修行や瞑想)がある(第4回)

こんな所でしょうか。


そして「空」に関してですが…

・私たちは「自分」という確固たるものがあると思い込んでいる
 ↓
・しかし物事を徹底して客観的に見れば「確固たる自分」というものが無い事がわかる
 ↓
・それを理解して「苦」の原因である「自分」など無い事がわかれば、苦しみから解放される
 ↓
・そのためのトレーニングとして、様々な修行がある

といった所です。
わかるような、わからないような…
という感じですよね (^_^;) 


そして番組には、いつもの佐々木先生とともに大阪大学大学院で脳認知科学を研究している藤田一郎氏が登場します。
そして「2500年前のブッダが目指したものと、最新の脳科学が研究しているものは通じている」というような事をおっしゃいます。

それもそのはずですよね。
私たち人間は、知識は蓄積して後世に伝える事が出来ます。たとえばピタゴラスの定理などは、天才的な発見だったはずですが、現在の私たちは中学校で習う事が出来ます。
しかし精神的な知識(智慧)は、言葉で残す事が出来たとしても、結局は一人ひとり体験して学んでいかなくてはなりません。

だからこそ仏教は2500年続いているのでしょうし、これからも必要とされ続けるでしょう。

最後に、ダライ・ラマ法王がヨーロッパで公演した時の言葉を紹介いたします。

皆さんは仏教徒にならなくてもいい。
しかし、仏教の智慧を学んで欲しい。

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コメント 6

長さん

僕は若い頃、何冊かの近代天文学史の本を精読した事がある。
 その本で学んだ、「時代の流れ、タイミングパターン」の類推
からすると、藤田一郎氏の言から「脳認知科学や意識理論は、
まだ、コペルニクスの地動説が出てこない時代の、幼稚な
段階にある」と、見て取れるのではないかと思う。
 僕は「科学が本質的に宗教家の味方だ」と錯覚しない方が、
宗教家は「ガリレオを、しぶしぶ認めたローマ法王の一件」を
思い出す限り利口ではないかと思う。後数十年たつと、特に
浄土宗系は意識科学の発展で、ひょっとするとかなりの苦境に
立たされるのではないか? それは、苦を無くし成仏した仏は
一応実際に居るものの、それが住むはずの肝心の「浄土」と
いう場所が、実際にはどこにも存在しないという事が、これらの
科学の発展により、ほぼ確定された時だと予測する。
 なんせ、浄土真宗と言うからには浄土がどこか、たとえば西
の方に無いと、相当にまずいのではないかと思うのだが、はた
して専門家は、どう考えているのだろうか?
by 長さん (2011-10-05 10:47) 

ボーズandカナコ

>長さんさま

コメント有り難うございます。難しい内容なので、私の書く事が的外れになるかもしれませんが、お返事書かせて頂きます。

超越的存在や理想郷を実存的に説く宗教においては、科学と相容れないと思います。

もともとの仏教は、当時インドで主流であったバラモン教とその神の存在否定から始まりました。つまり仏教は無神宗教として始まったのです。
仏とは、あくまで悟りを得た人の事で、肉体的にはただの人間です。

後になって教えを説くため、超越的存在や理想郷が語られるようになりました。宗派によってはそれを実在の存在・場所としてとらえる事もあるようですが、浄土真宗ではそられを「方便」としてとらえます。

方便とは「人々を真実に導くため、仮にとられた手段」という事になります。つまり経典に記されている美しい極楽浄土や、金色に輝く仏さまは「宗教的表徴表現」と捉えています。

もちろん近代以前の文字の読み書きの出来ないような人々には「西の彼方に極楽浄土があって、そこにいる阿弥陀様が救ってくれるのですよ」と説かざるを得なかったと思いますが。

私はアインシュタインの「宗教なき科学は欠陥であり、科学なき宗教は盲目である」という言葉に深く同意をしています。
by ボーズandカナコ (2011-10-07 21:24) 

長さん

 方便の件了解しました。当方の死んだ母方婆さんが門徒の
大谷派の寺、会津若松市の長命寺の現住職さんの言のごとく、
「浄土真宗は汎用宗派名で、『真宗』が正式名」と、宗派全体
で早めに確定させた方が、良いかもしれませんね。蛇足ですが、
この寺に葬られている、(明治維新の)会津戦争で死んだ方、
阿弥陀様が救わないと、殺生の罪により、ほぼ全員地獄行き
だったかと思います。

by 長さん (2011-10-12 09:21) 

ボーズandカナコ

>長さんさま
お返事有り難うございます。
そうですね、真宗十派のうち「浄土真宗」を正式名称としているのは本願寺派のみで、あとの九派は「真宗」です。この辺はいろいろ経緯があります。
ただ、日本史などでは「浄土真宗」と教えますので、こちらの方が分かって頂きやすい面があります。

殺生の罪の件。
私の解釈ですが、仏教では「人を殺す」ではなく「生き物を殺す」事を罪と捉えていると思っています。
なので会津戦争の戦没者だけでなく、私も地獄往きしか道はないと思っています。

「あの人は救われる」「あの人は救われない」ではなく、自分自身を問うてゆく事が大事なのかな、と考えています。
by ボーズandカナコ (2011-10-12 18:05) 

長さん

さっそくの御返事ありがとうございます。私もこのままでは、
「地獄行き」間違いないと思います。
by 長さん (2011-10-13 13:45) 

ボーズandカナコ

>長さんさま
いやですけどねぇ、地獄は (-_-;)
by ボーズandカナコ (2011-10-13 16:55) 

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